<<
アドバイザーインタビュー: 『樹木の教科書』著者 舘野正樹先生と探る生物学×コンピューティングの可能性 ──生命と不死性の謎へ
2025年2月21日
舘野正樹 東京大学理学系研究科附属日光植物園前園長
樹木の生態研究の第一人者で「樹木の教科書(ちくま文庫)」の著者、ThinkXの顧問を務めて頂いている舘野先生に、
生物学研究の現場の課題、計算機の専門知識がなくても高度なカスタムソフトで独自研究ができるThinkXのVN Machineプロジェクト、そして舘野先生の今後の研究テーマについて、お話しを伺いました。
舘野 正樹(たての・まさき)
1958年生まれ。植物学者。東京大学理学系研究科附属日光植物園前園長。樹木の生態研究をリードしてきた第一人者。主な著書に、『植物学者の散歩道』(閑人堂)、『生物 知識の焦点』(Z会)がある。
生物学研究の現場の課題、計算機の専門知識がなくても高度なカスタムソフトで独自研究ができるThinkXのVN Machineプロジェクト、そして舘野先生の今後の研究テーマについて、お話しを伺いました。
大塚一輝(以下大塚)
今日はよろしくお願いします。
舘野正樹先生(以下舘野)
こちらこそよろしくお願いします。
大塚
「自然史生物学概論」で舘野先生の講義を受けていました。研究への視点のユニークや姿勢でとても惹かれるものがあり、是非、舘野先生にご相談させていただきたいと思いました。
舘野
わかりました。
大塚
最近は多くの研究者が、AWSなどのクラウドを使って計算環境を用意しているようです。でも、専門知識がないと、サーバーを立てたり、データベースを作ったり、データをアップロードしたりするところでつまずいてしまいます。そこで、専用ドライブに入れるだけで、オーダーからカスタムソフトを自動的に作ってくれる仕組みがあれば、今までできなかったアイデアを沢山の人が実現できるようになるだろうと考えています。
舘野
プログラミング言語じゃなくて、自然言語で対話しながら作れるといいですね。
大塚
はい、まさにそういうものです。
舘野
それは多くの研究者が使うと思います。実は生物学の分野は数理モデルを作ることが苦手な人が多い。そのあたりから支援してくれると助かると思いますね。
大塚
例えば過去に書いた論文を読み込ませるとその先ソフトウェアでできることを教えてくれるのはどうでしょうか。
舘野
そういうのがあると皆助かると思います。コンピューターや数学、物理学を使って何かをする、という発想自体を持てる人とそうでない人がいる。

樹木が耐えられる風速の測定。幹に28個の歪みゲージを取り付け、風速と歪みとの関係を数年間測定。その結果、健全な樹木は風速100mまでは折れないことを見つけた。
大塚
コンピューターの人には当たり前でも一歩別の分野ではそうでなかったり、逆も然りだと思います。分野を横断することが一つの重大なテーマです。生物は全く無知なので、今回色々とお聞きしたいです。
舘野
学生の中には、決められた作業を、言い方悪いけど土方仕事のように毎日ルーチンでこなす人も多い。僕のところはそうではないのだけど。
大塚
大学院生に「何の研究をしている」のと聞くと、分野名だけ答えて詳しく語らない人が多くいます。
舘野
研究室って、例えば三千万円取ってきたとして、予算の中で成果を出さなくてはいけない。そうすると学生を働かせないといけない。専門学校で訓練された人をお金を払って雇うこともできなくないが、あまりそうはならない
大塚
あえて研究の面倒を見て手間をかけるより、労働力として遣う方が理に適ってしまうことも多くありそうですね。

冬の国土山で雪によって幹に生じるストレスの測定。ブナはかなりストレスに弱く、多雪地の急斜面では折れてしまう。スギはストレスがかかっても折れないので多雪地に適応した種。
舘野
本当はこんなことをしたいというアイデアがある人もいる。特に理学系は個人が一国一城の主人のように動いている傾向がある。教授より自分が賢いと思っているから、教授を~さんと呼んだりする。
大塚
(笑)
舘野
理一などは研究への意欲が高くそれぞれの問題をもっていることが多い。そういう人たちは大企業に就職するのが難しく、そのまま大学で研究を続ける人も多い。
大塚
教授や研究室単位というより、その構成員が個々にコンピューティングを使った研究を開拓する可能性もあるということですね。
舘野
生物学の場合、フォートランを使っていて、それからCになって、最近は使いやすいPythonになった。それでも五年程度の中で片手間に覚えた学生だとできることが限られる。
大塚
1000行程度のPythonプログラムとそれ以上のプロが作れるレベルのシステムではやれることも難易度も大きく変わると思っています。例えば例の概論ではDNAを解析するタスクが出てMEGA*1というソフトを使うことになっていました。が、そのソフトでできることしかできない。一歩踏み込んだアイデアをやるには別のソフトを作る必要があります。
舘野
そういうケースは多々あると思います。遺伝子解析の研究についてなど特に役に立つと思います。
大塚
舘野先生の今後の問題について教えていただけますか。
舘野
今これを解決しないと死ねないというテーマが二つあります。
一つは統計力学や細胞の中での化学反応、ATPの自由エネルギーなどに関わる問題。生体内の分子が化学反応を行う際、同じ電荷同士、つまりマイナスとマイナスがくっつくことがある。例えばADPとリン酸が結合してATPになる瞬間に何が起きているのか、まだうまく説明されていません。鋭い学生はここを突っ込んでくる。私もわからないし、学生もわからない。教科書の場合、ここは分からないから曖昧にしている。今、企業の方と一緒に実験装置を作ろうとしているところです。
もう一つは、人間の染色体は二組で、両方がだめになるとその細胞が死んでしまう。一方、植物は種によって三倍体、四倍体といった三組以上の染色体をもつものがある。それが部分的な“不死性”に関係しているのではないかというのが私の仮説です。実は、同じ染色体が多いから1つがだめでも大丈夫という単純な話ではなく、むしろ逆だと思っています。植物は古い細胞を内側に残して外側に向かって成長していきますが、その際に良い細胞だけで外側を構築すればよいわけです。悪い細胞を識別するためには、同じ染色体のうちの1本に乗っている遺伝子だけを発現させることで、その染色体上に有害な突然変異をもつ細胞は死んでしまったり、増えられなくなる可能性がある。そうして内側に置き去りにすることで良い細胞だけを選別できる。現在、それをテストする方法を考えているところです。
一つは統計力学や細胞の中での化学反応、ATPの自由エネルギーなどに関わる問題。生体内の分子が化学反応を行う際、同じ電荷同士、つまりマイナスとマイナスがくっつくことがある。例えばADPとリン酸が結合してATPになる瞬間に何が起きているのか、まだうまく説明されていません。鋭い学生はここを突っ込んでくる。私もわからないし、学生もわからない。教科書の場合、ここは分からないから曖昧にしている。今、企業の方と一緒に実験装置を作ろうとしているところです。
もう一つは、人間の染色体は二組で、両方がだめになるとその細胞が死んでしまう。一方、植物は種によって三倍体、四倍体といった三組以上の染色体をもつものがある。それが部分的な“不死性”に関係しているのではないかというのが私の仮説です。実は、同じ染色体が多いから1つがだめでも大丈夫という単純な話ではなく、むしろ逆だと思っています。植物は古い細胞を内側に残して外側に向かって成長していきますが、その際に良い細胞だけで外側を構築すればよいわけです。悪い細胞を識別するためには、同じ染色体のうちの1本に乗っている遺伝子だけを発現させることで、その染色体上に有害な突然変異をもつ細胞は死んでしまったり、増えられなくなる可能性がある。そうして内側に置き去りにすることで良い細胞だけを選別できる。現在、それをテストする方法を考えているところです。
大塚
どちらも無茶苦茶興味深いです。特に後者の問題は生死のメカニズムそのものにかかわる普遍的な問題だと思います。今日は本当にありがとうございました。今後もよろしくお願いします。

1958年生まれ。植物学者。東京大学理学系研究科附属日光植物園前園長。樹木の生態研究をリードしてきた第一人者。主な著書に、『植物学者の散歩道』(閑人堂)、『生物 知識の焦点』(Z会)がある。